เข้าสู่ระบบ夜更けだった。
合宿所の一号室には、規則正しい寝息が静かに満ちている。
天井近くの小さな常夜灯だけが淡く灯り、カーテンで仕切られたベッドの列をぼんやりと照らしていた。
水琴は夢を見ていた。
懐かしい夢だった。
まだ小学生だった頃。
兄と二人でオーディションへ向かっていた日のこと。
駅までの道を並んで歩きながら、兄は笑っていた。
『みーくんは緊張しいやなあ』
『兄ちゃんが平気すぎるんやろ』
『ほな、手ぇ繋いだろか?』
『子供ちゃうし』
そう言いながらも、結局手を繋いだ。
大きな手だった。
優しくて、頼もしくて。
水琴はずっと兄の背中を追いかけていた。
兄のような俳優になりたかった。
兄に追いつきたかった。
兄に認められたかった。
なの
ステーキハウスからホテルに戻ったのは、午後八時を少し過ぎた頃だった。 ロビーで明日の予定を確認してから解散し、十四人はそれぞれの部屋に戻る。 翌日は朝から全員で首里城を見学し、そのまま空港に向かう予定なので、荷物は今夜のうちにある程度まとめておくようスタッフから言われていた。 颯馬も龍也と八〇一号室に戻り、買ったものをキャリーケースに入れていると、龍也のスマートフォンが鳴った。「瞬多からだ」「何て?」「八〇四でトランプやるから来いって」 龍也はベッドに座ったまま返信を打ち始めた。「颯馬も行くよな?」「俺はいいや。今日は結構歩いたし、疲れたからもう寝る」「もう寝んのか? まだ八時半だけど」「明日も朝早いじゃん」「じじいかよ」「うるせー、まだ二十歳だよ」 龍也は笑いながら立ち上がった。「じゃ、俺行ってくるわ」「うん。おやすみ」「まだ寝ねぇけどな」 カードキーを持った龍也が部屋を出ていく。 ドアが閉まる。 颯馬は数秒、そのまま動かなかった。 廊下から遠ざかっていく足音を聞きながら、ポケットからスマートフォンを取り出す。 一人になった。 しかも龍也は、しばらく戻ってこないだろう。 水琴を呼べる。 そう思っただけで、さっきまで感じていた疲れが急にどうでもよくなった。 メッセージ画面を開く。『龍也が804にトランプしに行った』 そこまで入力したところで、着信を知らせる表示が現れた。 水琴だった。『葉月くん、804にトランプしに行った』「
夕方、ホテルのロビーに戻ると、すでにほとんどの候補生が集合していた。 昼間まで観光客で混み合っていた国際通りも、日が傾くにつれて看板の明かりが目立ち始めている。 自動ドアが開くたび、車の走行音や人の話し声と一緒に、昼間の熱を残した空気がロビーに流れ込んできた。「おかえりー!」 ソファに座っていた彼方が、颯馬と水琴を見つけて手を振る。「そらと葉月は?」「あそこ」 彼方が指した先では、そらが今日撮影した映像を葉月と一緒に確認していた。 颯馬は水琴と並んでロビーの奥へ進む。 水琴の手首には、今日買った青い石のブレスレットがある。 それが視界に入るたび、店で「似合う」と言った時の水琴の顔まで一緒に浮かんできた。「颯馬くん」「ん?」「顔、ちょっとニヤけとるで」「おまえのせいだろ」「俺?」 水琴は何も知らないような顔をしたあと、すぐに嬉しそうに笑った。「ほな、ええわ」 颯馬が何か返すより先に、スタッフから集合の声が掛かった。 ロビーの一角に十四人が集まる。「全員揃ってますね。これから部屋の鍵を渡します。今回はツインを七部屋取ってあります。二人で一部屋なので、今から部屋番号と組み合わせをお知らせします」 スタッフが紙を読み上げる。「八〇一号室、颯馬君、龍也君」「はい」「八〇二号室、水琴君、葉月君」「はい」「八〇三号室、響君、日和君。八〇四号室、瞬多君、凱君。八〇五号室、カゲトラ君、ミンソク君。八〇六号室、まひろ君、彼方君。八〇七号室、そら君、イッセイ君」
アメリカンビレッジを歩き始めて一時間ほど経った頃、そらはある雑貨店の前で足を止めた。「俺、ここ見たい!」「俺も。さっき買えなかったお土産探したい」 店内を覗いた葉月も乗り気になる。 颯馬は隣の水琴を見た。 目が合っただけですぐに、何を考えているのか分かった。「じゃあ、ここから別行動にする?」 颯馬が提案すると、そらが振り返った。「二人はどこ行くの?」「俺たちも買い物。他に見たい店あるから」「あとで合流する?」「ホテル戻る時間もあるし、そのままでええんちゃう?」 水琴が自然に答える。 そらは特に疑う様子もなく、「じゃあまたホテルで!」と手を振った。 葉月もすでに店の商品に気を取られている。 二人と別れてしばらく歩いてから、水琴が後ろを確認した。「……行ったな」「行った」「やっと二人きりやな」 途端に声が弾んだ。「そんなに嫌だった?」「そらくんと葉月くんと一緒なんは楽しかったで。でも、それとこれとは別やろ」 水琴が颯馬の隣に並ぶ。「今日、ずっと楽しみにしとったもん」 そう言われると、颯馬まで嬉しくなる。 合宿所では毎日顔を合わせていた。風呂掃除の時間など、二人きりになる機会だって何度もあった。誰にも見られない場所で抱き合ったこともある。 それでも、恋人になってから二人だけで街を歩くのは初めてだった。「じゃあ、どこ行く?」「颯馬くんと二人な
水琴に促され、颯馬がホテルの自動ドアを抜けようとした時だった。「颯馬くん、水琴くん!」 背後から明るい声が飛んできた。 振り返ると、そらが小走りで近づいてくる。その後ろには葉月もいた。「二人は、どこに行くの?」「国際通り。買い物しようかなって」 颯馬が答えると、そらの顔がぱっと明るくなった。「俺たちも行く!」「え」 思わず声が出た。 隣を見ると、水琴も笑顔のまま固まっている。「ちょうど俺とそらも国際通り行こうって話してたんだよね。四人で回ろうよ」 葉月まで乗り気だった。 颯馬は水琴と目を合わせる。 もともとは二人で買い物をする約束だった。 恋人になってから初めて、街中を二人で歩けると思っていたのだが、そらと葉月は当然そんな事情を知らない。 ここで二人きりになりたいと言えば、きっと理由を聞かれるだろう。「……ええよ」 水琴が笑顔を作った。「四人で行こか」「やった!」 そらが喜ぶ横で、颯馬は水琴にだけ聞こえる声で囁く。「ごめん」「颯馬くんが謝ることちゃうやろ」 口元は笑っているものの、残念そうなのは颯馬にも分かった。 水琴が楽しみにしていたのを知っているだけに、自分
バスが走り出す。 窓の外を、見慣れた海と木々が流れていった。「ばいばーい!」 そらが窓に手を振る。「誰に振ってんだよ」 龍也が笑う。「島」「でかすぎるだろ」 十五分ほど走り、バスは集落の船着き場に到着した。 ここから船で那覇へ移動する。 キャリーケースを預け、候補生たちは次々と船に乗り込んだ。 エンジンが動き始めると、船体に細かな振動が伝わってくる。 岸との間に少しずつ青い水面が広がり、やがて島そのものが遠ざかっていった。 デッキに出た颯馬は手すりにつかまり、島を眺めた。「ほんまに出てもうたな」 隣に水琴が来る。「ああ」「一か月前は、早よ帰りたいって思う日もあったのに」「俺も」 颯馬は小さくなっていく島を見る。 あそこで水琴と出会った。 正確には予選の時から顔は知っていたが、今のような関係になるとは考えたこともなかった。 水琴から突然、BL営業を持ちかけられたこと。 カメラの前で恋人のふりを始めたこと。 イッセイとの関係を知り、嫉妬して、炎との過去を知られて―――いろいろあったけど、最後には本当に好きになった。 島が小さくなっていくほど、その一つひとつがもう過ぎた出来事なのだと実感する。「東京戻っても」 水琴が小声で言う。「終わりやないからな」「分かってる」 颯馬は水琴を見る。「絶対、二人とも合格しよう」「うん」 水琴の笑顔を見るだけで、伝えたいことは十分に分かった。--------- 那覇に到着すると、雰囲気が離島とは一気に変わった。 船着き場には観光客が行き交い、道路には車が絶え間なく流れている。店の看板、人の話し声、信号機の電子音まで、一か月近く静かな島で暮らしていた颯馬には妙に騒がしく感じられた。「人多っ!」 彼方が目を丸くする。「那覇でそれ言ってたら東京戻れないよ」 まひろが笑う。「コンビニある!」 そらが指差す。「文明に感動すんな、原始人か!」 龍也が呆れていた。 ホテルに到着すると、まだチェックインには早いため、フロントに全員分の荷物を預ける。 身軽になったところで、スタッフがロビーに候補生たちを集めた。「ここから夜までは自由行動です」 その言葉に、何人かの表情が明るくなる。「ただし、完全に撮影がなくなるわけではありません。カメラマンが数名同行します」
翌朝、ダイニングのテーブルには、いつもと同じように十四人分の朝食が並んでいた。 焼きたてのパンに卵料理、サラダとスープ、ヨーグルト。毎朝シェフが用意してくれた見慣れた献立なのに、今日は食べ終わった皿を下げれば、ここで次の食事をすることはもうない。「なんか最後って思うと寂しいな」 彼方がパンをちぎりながらダイニングを見回した。「昨日から何回『最後』言うてんねん」 瞬多が笑う。「だって最後じゃん。最後の夕飯、最後の夜、最後の朝飯」「このあと最後の掃除もあるで」「それは別に名残惜しくない」「掃除にも愛着持ったれや」 二人のやり取りに笑いが起こる。 颯馬もスープを飲みながら周囲を見渡した。 眠そうな顔で朝食を口へ運んでいる龍也も、今日の那覇観光について葉月と話しているそらも、食後の予定を確認している響も、すっかり見慣れた朝の風景の一部になっている。 初日は十四人が同じテーブルに座っているだけでも落ち着かなかった。 今では、誰がどの席に座りたがるのかまで分かる。「颯馬くん、それ食べへんの?」 隣から水琴が皿を覗き込んだ。「食べるよ」「ずっと残っとるからいらんのかと思った」「最後に食べようと思ってた」「子供みたい」「好きなもの最後に残す人、普通にいるだろ」「ほな取らんといたる」「取ろうとしてたの?」 水琴は知らん顔をして自分の朝食に戻った。 こんなやり取りも、カメラの前で交わすことにすっかり慣れてしまった。 朝食後は、いつも通り全員で合宿所の掃除をした。 自分たちが使った寝室からリビング、キッチン、レッスン室、トレーニングルームまで手分けして片付ける。 颯馬と水琴は大浴場に向かった。「結局、最後もここやな」 水琴がデッキブラシを持ちながら笑う。「最初よりだいぶ手際よくなったよな」「そら何回やったと思ってんねん」 颯馬がシャワーで泡を流し、水琴が残った水滴をワイパーで排水口まで集めていく。 磨いた鏡には二人の姿が並んで映っていた。 掃除を終え、道具を片付けて浴場から出る前に、颯馬は一度だけ振り返った。「もうここで掃除することもないんだな」「それはちょっと嬉しい」「さっき愛着ありそうなこと言ってたじゃん」「思い出と掃除は別や」 水琴が先に出ていく。 颯馬も笑いながら後を追った。 一時間後には、荷
土曜日の朝。 颯馬がまだ寝ていると、ベッドの外から騒がしい声が聞こえてきた。「海行こうぜ海ーっ!!」 彼方の声だ。おかげで目が覚めてしまった。「朝から元気だなぁ……」 日和が眠そうに呟く。 颯馬がカーテンを開けると、部屋の中はすでに休日モードになっていた。そらはオレンジ色の髪を揺らしながら水着姿ではしゃいでいるし、彼方はシュノーケルを振り回している。「颯馬くん! 早く準備して!」「お前ら早すぎだろ……」 まだ頭がぼんやりしている。 その時。「おはようさん」 水琴がベッドのカーテンを開けた。 オーバーサイズのタンクトップは襟が大きく開いていて、鎖骨や胸元があらわになっ
桐生水琴は自分のベッドのカーテンをそっと閉めた。 隣のベッドからは、すでに穏やかな寝息が聞こえてくる。 成田颯馬——引き締まった筋肉質な体格で、笑うと爽やかになるその顔が、今はカーテン一枚隔てただけで眠っている。 水琴は目を閉じず、カーテンの裏側をじっと見つめていた。部屋の明かりはすでに落ち、ただ小さなナイトライトだけが淡く透けて見えている。(……ようやく、始まったな) 六年前の記憶が、静かに蘇る。 水琴の兄・桐生実嗣は、当時二十一歳だった。水琴と同じく子役から俳優業を続けていた。 水琴がまだ十五歳の頃、兄は炎プロダクションの社長・緋崎炎と恋人関係になった。 炎は中性的
颯馬が戻ると、1号室のドアは、少しだけ開いていた。 元々あの有名プロデューサー炎の別荘だというだけあって、部屋は広い。二段ベッドを三台入れてもまだ余裕がある。ベッドの横には人数分の簡易クローゼットも設置されていた。 室内では、すでに三人が荷物を広げていた。 笑い声と、どこか浮ついた空気。合宿初日特有の、独特な高揚感。「ただいま」 颯馬が声をかけると、すぐに反応が返ってきた。「颯馬くん、おかえり!」 オレンジ色の髪を揺らして、そらが駆け寄ってくる。 近い。距離感がやたらと近い。 つぶらな瞳で見上げられて、颯馬は思わず視線を逸らしそうになった。「同じ部屋だね! こ
あの夜のことは、忘れられない。 高層階の窓の向こうに、東京の夜景が広がっていた。ガラスに映る光が、まるで星みたいに揺れていたのを覚えている。 背後から、低く甘い声がした。「颯馬、俺のこと好きなんだろ?」 振り向くより早く、腕を引かれた。 体が触れる距離に引き寄せられて、息がかかるほど近い。「……ねえ、俺を抱いてみない?」 その言葉が、冗談じゃないことくらい、わかっていた。 細い指が、俺の顎に触れる。逃げる理由なんて、どこにもなかった。 憧れて、焦がれて、やっと手に届いた人だったから。 ――あの夜、俺は初めて、炎さんを抱いた。 触れた体温も、息遣いも、全部、焼